吉田雄2吉田貴幸2

 22日朝、声問沖でタコ漁をしていた稚内漁協所属の第五隆陽丸(1㌧)が転覆した事故で行方不明となっていた声問の漁師吉田雄さん(81)と息子の貴幸さん(46)は同日正午前後、はまなす1の海岸から1㌔以上の沖合いで発見され、死亡が確認された。
 海保の巡視船・艇や漁船が捜索していたところ、午前11時50分頃海上で雄さん、午後0時15分頃貴幸さんを発見した。2人とも救命胴衣は着用していた。
 稚内海保は現在、転覆の原因や死因を調べているが、漁業関係者によると、朝は波が穏やかでナギ状態だったが、天候が急変し午前7時過ぎ声問で15・4㍍の最大瞬間風速を観測した。風であおられ海に落ちれば今の海水温であれば1時間はもたないという。
 稚内漁協の秋サケ定置網部会副部会長などを務めた雄さん、小さい頃から絵が好きで父親を支えるため平成20年から組合員となり総会では議長を務めるなど、いずれは役員にも期待されていた貴幸さんの訃報に、安藤善則組合長は「3月の総会で2人に会ったばかり。共に漁協を支える存在でとても残念」と肩を落とした。

吉田さんの遺作
「未完成の遺作が 自宅には50点以上の作品」
 北の漁師画家としてテレビ番組にも取り上げられ、写真よりリアルな油絵を描くことで知られる貴幸さんの作品が自宅に50枚以上飾られ、母親の勝子さんら家族は「今も海で漁をし、ふと帰ってくるような気がする」と語った。
 番屋を改築しアトリエを兼ねた貴幸さんの部屋には、完成間近の遺作となった作品が残されていた。家族によると、小さい頃から成長を見守ってきた姪っ子を描いた作品で、漁が落ち着く冬場や漁の合間を見て、部屋にこもり創作活動をしていたという。
 5年ほど前から貴幸さんと親交があり、市内のアトリエで貴幸さんの個展を4回開催したことがある米田和子さん=恵比須1=は「今年久しぶりに貴幸さんの作品展をやりたいと思い、連絡を取ろうと思っていた矢先の事故で本当に残念でなりません」とし、最後に貴幸さんと会った時の「僕の絵でよければいつでも協力します」との言葉が胸に残っていると。
 「家族の理解が得られれば、また作品展をやりたい」と米田さんは話していた。