人物岡崎さん

 3月末で緑ケ丘学園総合施設長を勇退した岡崎義徳さん(83)は市職員など含め65年間の勤続を振り返り「毎日、職場に行くのが楽しみだった。長く現役で働くことができたのは、上司や先輩など同僚に恵まれたことで自分の活力に繋がった」と語った。
 上豊別出身の岡崎さんは昭和20年に豊別国民学校初等科(小学校)を卒業し、当時は戦時中とあって進学ができず、家業の酪農業を手伝った。民間会社の事務見習いや市臨時職員を経て昭和29年の20歳の時、正職員に採用され税務課を振り出しに教育委員会、農業委員会、経済部など歴任し定年退職した。平成3年からは宗谷畜産開発公社常務理事兼宗谷岬肉牛牧場長を務め、平成6年、緑ケ丘学園常務理事、法人本部事務局長など歴任。約21年に亘って稚内市の社会福祉に貢献してきた。
 市職員時代の思い出が強く、体育振興課長の時には旧稚内公園スキー場内に市内で初めてリフトを取り付け、総合体育館の建設にも携わり「施設が完成すれば市民のスポーツ振興や健康増進に繋がるので生き甲斐だった」と話す一方「二度に亘っての宗谷岬牧場勤務についても赤字経営を立て直す打開策としてカナダから2年間かけて肉牛(アンガス種)を1200頭を輸入し育成してから出荷したことで経営が安定したことについても常に前に向かって進むことしか考えてなかった」と話す岡崎さんは「幼い頃の酪農業の体験があったからできました」と述懐した。
 浜森元市長の依頼で平成6年からは、緑ケ丘学園でも勤務し利用者の生活向上が図れればと21年間に亘り社会福祉の現場に立つことができたのは「定年後も病気せずに働けたのは妻(昭子さん)の体調管理などの支えがあったからで1日も休まず働けました」と内助の功に感謝していた。
 4月からは同学園の名誉理事に就任した。後任の高橋常務理事兼総合施設長に対して「稚内市の社会福祉の発展のために頑張ってほしい」とエールを送っていた。