決まり文句のようだが月日が経つのは速いものだ。あの地獄絵のような東日本大震災の大津波から今日で5年になった。
 テレビや写真などで津波が押し寄せる光景を見た我々にとっては地獄絵なのだろうが、東北の人たちにとっては正に地獄であった。
 その悲劇を共有し日本人としての絆を再認識しようとしても空念仏に思うような心持が筆者にはある。「被災者に寄り添う」などと言っても人の痛みというのは体験した人でしか分からないことであり、そう易々と口にしてはならない気がしないでもない。
 大地震から2年目、今から3年前のGWに「稚内ほっけ隊」(佐々木政美代表)の皆さんと共に訪れた岩手県久慈市~宮城県南三陸町までの様子は想像を絶するものであり、南三陸町の鉄筋だけになった防災対策庁舎では亡くなった方々の霊が宿っているのかのような異様な感覚に陥ったことを今でも忘れることができない。
 折しも関西電力の高浜原発(福井県高浜町)2機の運転差し止めの大津地裁の命令があったが、大震災で被災した福島第二原発での放射線汚染の大勢の避難民のことなど考慮すると、地裁の決定は至極当然のことといえ北電の泊原発再稼働には慎重な上にも慎重な対応が求められよう。
 国の力というのは経済が上向くこととは分かっているが、余りの経済至上主義は国が滅びる遠因になるやも知れず、我々日本人は程々の生活が保障されれば善しとする無理ない施策を希望したい。
 稚内とて同様で身の丈以上のことには熟慮が肝要だろう。