筆者が東北各地の沿岸を飲み込むかのように押し寄せる大津波を見たのは市内の温泉施設の休憩所であった。知合いの人が「大変なことになっている」と教えてくれ、テレビを見ると陸地を進む津波の様子が映しだされており息を飲んでしまった。同じ日本のこととは信じられない光景に唖然とした自分がいたのを覚えている。
 その日の夜になると到る所で火の手が上がっている光景を見、翌日からは街が津波に襲われ、家も車も何もかも流され、津波から逃れようとして車を走らす被災当日の様子が放送され、高台に逃げ延びて大声で叫ぶ人の姿があり、改めてテレビが伝える阿鼻叫喚と化した光景に嗚咽が漏れるのを止められなかった。
 テレビを見ていた日本人誰もがすすり泣いたであろうし、自然の驚異に平伏したものだった。
 あれから5年の歳月が経ち被災地の復興が仲々進まない以上に被災した人たちの心の傷は癒えることなく続いており、「心の復興」が緒にも就いてない現状に思いを寄せる時、己が非力さを痛感するばかりだ。
 亡くなった方は行方不明者含め2万人以上にものぼった日本の地震史上、最悪ともいうべき惨状に敢えて光明を見出そうとすると人間が持つ生命力と、他を助けようとする自己犠牲の精神か。
 地震国に生きる我々日本人にあって東北の悲劇は何時自分の身に起きても不思議はないものの、東北を襲った厄災は惨く非情なものであった。
 だからこそ我々は毎日一生懸命に生きなければならない。