「人間失格」などで多くのファンがいる太宰治の次女で作家の津島祐子さんが亡くなり先日の読売新聞「よみうり寸評」に、兄ばかりか息子にも先立たれた津島さんに母親(太宰の妻か)が「不運だけど、不運に溺れると不幸になる」と言ったという。
 「よみうり寸評」は夕刊に掲載されているが道内では翌朝刊の2面に載り「編集手帳」とともに必読しており感動ものの言葉に出くわすことがあるのだが、「不運…不幸」はその中でも至極の言葉だ。読者の皆さんに紹介する方々、今回の小欄のテーマとして引用させて戴くことにした。
 以前、筆者は事を成すには力量などに加え天運も必要と小欄で書いたことがある。運には良い運と悪い運(不運)があり、この2つの運は人生において人を嘲笑うかのように交互にやって来る。不運が再三やって来ると持ち堪えられなくなる人がおり、自暴自棄に陥っては事件を起こしたりし自分だけでなく家族など関係者も不幸にする。「不運…不幸」は人生の達人でなければ語れない言葉の部類だろう。
 己が人生を振り返る時、このような人生訓とも言える言葉は折々諸先輩から教授戴いており、糧にしようにも人間が未熟で活かし切れないことが間々ありましたが、最近はやっと肥やしになることが多くなっています。
 不運は生きる上の糧にしなければならないが、人間というのは前向きな人ばかりでなく「不運に溺れてしまう」人もいる。そのような人を弱いと決め付けるのは浅薄であり優しさがない。難解なのが人生ということかな。