先日、市内某協会の強化練習があり集まった中学生に対し、指導者の一人が「カス」発言をし、協会の指導者たる者として不適切な言葉であり謝罪を求める―という投書が読者からあった。投書は中学生の母親からと見られ相当憤っていることがハガキから読み取られ「是非(読者コーナーに)載せて下さい」とも付記されていた。
 中学生を鼓舞するためのカス発言にしても「指導者であるなら言葉を選んで喋るべきである」などと見解を書くことできるものの、その指導者のことは何も分からない当方としては簡単に批判できるものではないし、色々と難しいことはある。
 社会というのは生まれも育ちも何もかも違う人間の集合体であり一つのことでも千差万別に意見がある。畢竟答などないというところだが、民主主義の多数派尊重という観点からは51%以上の多数がいた場合、社会通念となり、その方向に進むということなるのであろう。
 公けの集まり以外に肝胆相照らすこともなくなり、そういう意味では特定の人との交わりから自分の考え以外の他人の考え方を感じ取っている今の筆者としては、年と共に偏屈で頑な思考に陥りがちになるが、一般読者からの意見などは飾りが何もない率直さが伝わり、此方も楽しみにしているところがある。
 紙媒体として小社が何時まで存続できるかは知らねど、個人の行動と同様、その刹那々々を悔いなきよう最善の道を歩んでいこうという意気込みだけは十分あり、それには読者の皆さんの支えがあってこそというのが現在の心境である。