予報からは遅くなったが、この原稿を書いている4日午前11時頃は土砂降りに近い状況になった。この日は孫娘の遠足で宗谷ふれあい公園までバスで行ったが、外では遊べなかったであろう。秋の天候は気まぐれだ。
 話は変わるが、市職員時代に縁ができ何かと御教授戴いている山口春蔵氏から稚内ボート協会発足30周年の記念誌を頂戴した。
 草創に尽力したのは初代会長を務めた元市立稚内病院副院長の宮田睦彦氏であり、先月29日に稚内市内で開かれた30周年記念レセプションに駆けつけ壮健だったという。
 この宮田先生は個性的な方で筆者が何かの取材でお会いした時にも強烈な印象を持ったもので、改めて昔はきら星の如く人材がいたものだとの思いを改めて強くしている。
 若い人たちは御存知ないかもしれないが、ボートに関しては稚内とりわけ稚高は輝かしい歴史があり、なかでも長山綾さんは全道・全国高校大会で優勝し世界ジュニア大会にも出漕したほどの逸材であった。
 現会長の中井淳之助氏が記念誌で書き留めているよう稚高ボート部は現在、休部状態だが何時しか声問川コースから再び全国、世界に翔く選手が輩出してほしいものだ。
 記念誌の中の歴代会長の紹介で宮田氏に続き田端正義、山下妙市、米浜智、柏谷仁、鎌仲秀晴各氏、そして中井氏と続く系譜を見ていて筆者にとっても色々と薫陶を受けた往時が思い出された。
 現在、協会理事長を務める山口さんらの支えがあって30周年を迎えたことは言うまでもないことである。