お盆に入り5つの寺院がある山下通りでは交通規制している寺があるほど込み合っている。お盆は盂蘭盆の略で祖先の霊を慰める仏事なのだが、「終戦の日」の15日と重なることもあり戦争体験しているお年寄りの方々には一層、祖先の冥福を祈るという気持ちが強いようである。
 今どきは何でもかんでも代行業流行りだが先日テレビを見ていると、お盆の墓参りの代行業もあり、これが繁盛しているというのだから呆れるという心持を通り越して悲しい思いもしてくる。
 更には寺や霊園のホームページに夫々の家の墓や先祖の遺影が映し出され、パソコンやタブレットなどからお参りすることもできるというのには絶句してしまう。
 筆者は父方の墓が紋別にあるので毎年、休刊の日に出掛けるのを年中行事のようにしており、更には東京にいた時分、世話になった叔母が眠る旭川の霊園に行き線香を上げて来るのだが、やり終えると安堵した気持ちになる。
 お盆の帰省ラッシュと、それに続くUターンラッシュで日本列島は何処彼処も蜂の巣を突っついたような喧騒を呈しており、故郷で家族同士が互いの近況を報告し合い何とも言えぬ時間を過ごす。
 墓といえば年老いた人が墓を守れないとして永代供養を頼んだりすることが増えているそうで、これも時代の流れで致し方ないと思う反面、物淋しいものを感じる。
 以前にも小欄で触れたが、個人的にも人生最後の20年のとば口に入り、あと何年墓参りでき何時逆の立場になるのか。つらつら感じるようになった。