怒り肩でプロ野球の巨人軍の9連覇時代の左のエースとして鳴らした高橋一三さんが亡くなった。享年69歳だった。
 中学時代だったか、右の堀内投手に伍して懸命に投げるフォームが好きで彼の登板の時にはTV中継が終わった後もラジオの試合終了まで聞いていたものだった。
 エースの証しである20勝を2回記録したなどのあと日本ハムに移籍し、そこでも程々活躍し引退後、巨人や日本ハムの投手コーチを務めた。
 少年の心を惹きつけたのは正に肩を怒らせ全力で投げる姿であり打者のタイミングをはずすシンカーにも胸躍ったのを覚えている。
 病気とはいえ60代で亡くなるのは本人にとって無念だったでしょう。しかし寿命だけは神の所業であり、それを「天運」と言うなら致し方ないということになるのか。
 一三さんのような有名人ばかりでなく身近でも旅立たれる人が多くなり、折に触れお世話になった人には哀悼の意を込め小欄でも書かせてもらっているが同じ時代を生きた仲間と言いますか、周りの人たちが居なくなるのは寂しいことです。
 亡くなった人の分含め残っている者が頑張らなくてはならないのだが、段々残り短くなってくると無理なくとの気持ちも出てくる。
 先日、某所で筆者からは先輩に当たる市職員OB3人と話す機会があった。 「水夢館に行っている」 「煙草を止めている」など健康には気を付けているようで、これに孫の話が加わると好々爺そのものの会話になる。
 好々爺か嫌な奴かの格闘続きます。