連休で北見まで行ってきた。30度を超える猛暑で何処かの駐車場に停めると車両はとんでもないことになっており、そんな所に子どもを置いたままパチンコをした親もいたっけとふと思い起こした。
 そんなことを書いていると小社隣りにある看護師さんの託児所の子どもだろうか。泣く声が聞こえてきたので開けはなしていた窓を閉め、この原稿を執筆しているところであります。
 子育てにはほとんど関与しなかったが、若い頃から子ども好きで我が子・孫だけでなく他人の子どももいとおしいと思っていることもあって虐待やイジメなどにより子どもが亡くなる事件など見聞すると居た堪れない気持ちになり、テレビドラマでそのようなシーンを見ると号泣してしまうこともあります。
 「鬼の目にも涙」ということになるやも知れぬが、年と共に自分のこと以外の端の人たちの失望なりにも敏感になってきている。
 山裾にある小社屋にはカラスなど鳥の鳴き声も聞こえてくる。暑くなり窓を開け放していると尚一層聞こえてくる。車の行き交う音でなく自然の営みが耳に入って来る幸せを感じながら書く原稿はさぞや博愛に満ちたものになるのだろうが、そんなことはなく事件・事故なり、人様が嫌がる事を掲載しなければならない時もあり因果な商売である。
 「社会の木鐸」という体のいい冠はあるが実はというと、人の粗探しをしているだけではと胸痛む時もある。
 家族や会社の人たち、友人・知人、そして読者の皆さんへの感謝の気持ち忘れずにと思っているところです。