間断なく霧より強めの雨が降る光景を見ながら想起されるのは東京に暮らしていた頃のじめじめした梅雨時期の雨である。5月GWを過ぎ半月ほど経った頃から始まる梅雨の不快感といったら半端なものでなく、薄らと記憶している限りだが梅雨時期での自殺者が多いというのも頷ける不快感であった。
 朝、大混雑する電車は最悪で、40年ほど前の当時は一部冷房のない電車が走っており、暑さに加え人いきれもあり、とんでもない事態であった。
 ところが人間というのは順応力が高く、劣悪な環境でも慣れてしまい、不快感じるも絶望的と感じなくなり夫々、日常業務をこなしていく。
 安アパートにはクーラー、今で言うエアコンなどなく確か扇風機もなかった。それゆえ近くで美容室をしていた叔母の所に涼みに行っていたものだった。
 このように稚内に居て梅雨のような雨の日は決まって想い出してしまう。年を取るにつれ増幅するようであり、この数年はこの記憶を愉しんでいる自分もいる。
 現実に戻ると、議会では日ロ定期航路の存続の仕方を巡って丁々発止の論戦が交わされている。議員さんたちにとって格好のテーマといえるが、ここは余り重箱の隅を楊枝でほじくることはせず、市長や担当部長はじめ職員の仕事っぷりを見て注文を付けたり助言したらいいのでないでしょうか。
 過程はどうであれ航路が今後も存続していけばいいのです。市も議会も関係者も一丸となって成就するため取り組んでいけばいいわけです。