稚内は風が強いマチとして知られているが今月中旬以降の風は土着の市民でさえ閉口するほどで、海はシケ続きで沖合、沿岸とも操業できないでおり商売上がったりであろう。
 今年の春の風は稚内といえど強いようで、この数年来「稚内も風が余り吹かず、穏やかになったものだ」と述懐していた自分を恥じているところである。
 ところでゴールデンウィーク(GW)を前に学校は日曜日に父母の授業参観を行っており、自分の息子2人の参観でさえ行ったことがないのに、この春1年生になった孫娘の教室に行ってみた。
 25人ほどいる子供たちの大半は幼稚園・保育園で「教育」を受けてきたこともあり、皆さんしっかりしているように見えた。授業は国語で50音の「こ」の字について学んでいたが、どの子も戸惑うことなくワークブックに臨んでおり、改めて現代っ子の基礎学力の高さに脱帽するものがあった。
 参観の保護者は多かったが祖父母で参加していたのは筆者だけであり、爺馬鹿振りを披露してしまったか。
 馬齢を重ねてきた人ほど自分の家族をいとおしく思う気持ちは強いようで筆者などはぴたっと当てはまってしまい、寂しい表現か知れぬも人生を80年と仮定した場合の、20年ごとの刻みの最終盤に入ったのだとの思いを強くしている。
 会社含め次代にどのようにバトンタッチするか。リスクが迫っているのに無作為でいるのは罪であり、とはいえど色々手を尽くすのも良くはない。いい具合を探ることになるのだが非才の身には至難に近いかも知れない。