以前にも何回か書いており御存知の方もいると思われるが、筆者は紋別出身で、毎年、お盆には墓参りに出掛けている。
 小学校に上がる直前まで過ごしていた紋別は私にとって人生の原風景が散りばめられた場所であり、子供時分にはえらい高台にあったと記憶しているカトリック系の幼稚園、近所の子供たちと遊んだ木材(丸太)置き場など頭に浮かび夢に見ることもある。
 何故、自分の生まれ故郷のことを書いたかというと、この数日で紋別にというのか、居を構える人との出会いがあったからだ。1人は三水会での北海道酒類販売(北酒販)稚内支店長の白崎さんで以前からお会いし分かっていたのだが、先週の三水会で隣席し話をする中、紋別から赴任してきたのを知り、更には昨日挨拶に訪れたヤクルト稚内支店長の小林さんも紋別だと分かり、それも花園町に自宅があるということで2度吃驚した。花園町は筆者が住んでいた所であった。
 東京の学生時代もそうだが地方に行くと「稚内が故郷」と公言しているが、稚内にあっては紋別が生まれ故郷であり、数年間とはいえ住んでいた街に縁のある人と会うことは加齢で昔を懐かしむ心が増幅している身としては喜びである。
 読者の皆さんへの「時の話題」提供は何歳までだろうか―と考える時、自分の人生の一端を紹介することで、それぞれの経験を持つ皆さんとの接点になればと願っている。
 健さん、文太、キンキンら有名人だけでなく自分の回りでも黄泉の国に旅立たれる人が増えている。