あのおどろおどろしい大津波が押し寄せた東日本大震災の原子力発電所事故で今だに帰還困難地域になっている福島県飯舘村の元住民が稚内を訪れ、先週土曜の午後、事故当時を振り返り現下の状況を伝える講演会が開かれ、文化センター2階の1室が満席になる80人以上の市民が詰めかけた。詰めかけた―というのが大袈裟でないほど稚内市民の関心高かったようだ。
 筆者も受講する予定でいたが、その日の紙面作りに追われ時間がなくなり臨場できなかった。それでも記者の記事や写真から事実を知り、自らが臨場したのとは甘さもあるやも知れぬが、書かないわけにはいかないという使命感もあり小欄のテーマにしました。
 事故から4年も経つのに大津波に襲われた街並みの復興は叶わず、ましておぞましい放射能汚染がある飯舘村など帰宅困難地域は恐らく帰宅でき生活できる状態になるのはこの数十年、いや数百年先になるやも知れないほど無理であろう。
 今回の原発事故は未曾有の大地震によるものであるが、地震国の日本ではそう遠くない未来に再び起きる可能性があるのに政府や電力会社、そして経済界は原子力発電での電力をベースロード電源と公言し、再稼働止むなしとの姿勢を加速し国民が認めるよう働きかけを強めている。
 それは違うでしょと言いたい。
 福島第2原発事故の収束に向かい力強く進行しているのならまだしも一向に進まない中での再稼働ありきは容認できるものでない。事故後の電気料金の値上げ(北電は唯一2回値上げ実施)もあり一時的には再稼働止むなし―との気運も一般国民にあったが、今は「値上げは我慢します。原発は認められない」との方向に傾いているような意識調査結果が明らかにされている。
 原発で出る核のゴミの処分先も明確にされない中、地震国の日本での原発は到底無理がある。
 次代に禍根を残すなと強く言いたい。