追悼の会を終えた故井須孝誠氏のことをまた書かせて頂く。追悼の会直前に在りし日の井須さんのインタビューの様子が映し出されていたが、学校の勉強も、これまでの体験もそれほど役に立たず、今どれだけ努力するかが大事―という言葉が胸に響いた。
 50代半ばの井須さんの言葉は歯切れよく、いかに日々の研鑽が大切かを説いていた様子には鋭さとともに「これからもまだまだ(私自身は)成長していく」との井須さんの飽くなき気概を窺うことができた。
 死ぬまでは日々努力。誰が言ったかは浅学にて知らねど、生きている限り人間というのは努力を忘れてはならない。大して頑張らなくても達成できる―などと安易な考えで事に臨むと必ずやしっぺ返しを食らう。
 だから何事にも手を抜かずやりなさい―との戒めなのだろうが、どうしたものか人間というのは楽な方に行きたがるようである。
 早いうちに父親を亡くし、15歳には現在の稚内信金に入り夜学に通いながらの悔しさをバネにし一瞬々々を大事にした井須さんの言葉だけに重みがあり、例えばそれほどの苦労をしていない筆者が語るとすると他人の心には響かない。
 ただ馬齢を重ねればいいというものでなく、その刹那を一生懸命生き悩んだ人だから至言になるわけである。口は誰にもあるが、言葉は人生経験に裏打ちされたものでなければ他人の心に届かないということである。
 若い時の苦労は買うてもせよという言葉がある。若いうちにどん底に落とされ悩み、その悩みを昇華した者に明るい未来が拓けて来る。
 一生どう生きてもいいが、何か起きた時にどれだけ考え悩み、人間として成長していくかが、その後の人生のありようを決めると言って過言でなかろう。
 人口減など稚内の行く末は決して安泰でなく、それだけに井須さんに続くカリスマ性のある人物の登場が待たれる。