命あっての物種であり死んでしまえば他の人を救うこともできない。4年前の東日本大震災で被災した岩手県大船渡市の職員が「被災した場合、先ず自分の命を最優先に考え、生きていれば家族や知人に会えることができる」などと、同市に派遣された稚内市職員と共に稚内を訪れ語った。
 過去に何度か大津波が押し寄せたことがある東北地方の沿岸地域では先ずはさておいて山の方に向かって逃げることが何よりも重要なこととされ、過去に津波に襲われた内陸の到達点を石碑などにし目印にしている。
 しかし年月が経ち人々の危機感が薄れる中、世界一高い防潮堤が築かれるなど大津波への備えが進むうち「津波が来ても大丈夫。助かる」という心持が増幅したのか、逃げ遅れた人が多数出た。
 一方では過去の教訓を守り警報が出ると共に祖父母ら家族を高台まで避難させた子供もおり、正に人生模様を知る縁となった大震災であった。
 稚内ほっけ隊(佐々木政美代表)の皆さんと共に被災地に行ったのは一昨年5月のGWだった。八戸から仙台までの間、復興は進まず廃墟と化した街並みはその後、どこまで復興が進んだのか。正直、大変気になっているが再び訪問できるか。
 今回の大震災をもって日本人の価値観などが変容したとの論評がある。確かに福島第2原発事故により原発の安全神話がなくなるなどしたが、果たしてそうだろうか。
 安倍総理の経済政策アベノミクスのように経済優先が罷り通っていないだろうか。
 人の生活にとってお金は命の次に大事なものであり、地域の経済が良くならなければ収入にも影響して来るのは必定でありそれこそいい生活はできないかも知れない。
 お金があることは否定しないが、人生を全うする上でどれほどの価値があるものなのか。暫し考える時期に来ている。
 終戦後がむしゃらに走り抜けてきた綻びがあちこちに出てきている。