井須氏

 昨年12月18日に亡くなった稚内市名誉市民(稚内信金最高顧問、稚内商工会議所名誉会頭)井須孝誠氏の追悼の会は、15日午前10時からANAクラウンプラザホテル稚内で道内外から300人が参列し開かれ、その後の一般献花には500人もの市民が訪れ、希代の人物だった井須氏との別れを惜しんだ。
 平成21年10月18日の浜森辰雄元市長以来7人目の稚内市葬は、しめやかに粛々と進められ、工藤市長、武部勤元衆議、高橋知事(代理)、吉田道議、岡本市議会議長、大前全国信用保証協会長(代理)、高向道商工会議所連合会長、友人代表で木下耕一さんが追悼の言葉を述べ、最後に遺族を代表し夫人のかをるさんが謝辞を述べた。
 参列者に続いて記帳と献花があった一般参列が招待者を超えたのは井須氏の人柄によるものであり、浜森氏に続く稚内市の〝巨星〟であった井須氏に最後の別れを告げていた。

 追悼の会は黙祷あと、名誉市民のメダルを付けた遺影を前に、工藤市長が「200海里問題や北海道拓殖銀行の破綻など北海道経済が困難な状況が幾度となく直面するたびに果敢な行動力で奔走された姿はマチの誇りとして多くの市民の胸に深く刻まれています。井須さんの情熱を注いだ故郷稚内を更に発展させていくため一層の努力を誓います」と挨拶。武部勤氏が「波乱万丈の人生にあって、いつも勇気と誇りを持ち続け、努力の上に努力を積み重ねる方だった」、吉田道議は「井須さんの多大なる功績を汚すことなく、稚内の発展のために邁進することが私たちの使命であります」と追悼の言葉を述べた。
 遺族を代表し、妻のかをるさんは「病床でやり残した仕事は無かったと話していました。仕事に手を抜かず厳しかったので周りは苦労したと思いますが、公正、寛容な心で接する深い優しさを持った主人でした」と振り返った。