昨1年間の稚内市内の火事が昭和24年の統計開始以来、2番目に少ない10件だった。人口が少なくなり建物が減っているとはいえ、市民の防火への意識の高揚が要因であろう。
 昔はしょっちゅう火事があったと記憶しており暖房が石炭から灯油に代わるにつれ、建物の耐火構造もあるのだろうが、今から40年ほど前の昭和48年の58件と比べると6分の1にも減ったことは驚くほどだ。
 火事といえば若い時分発生すると現場に臨場し写真を撮るのだが、個人的には、はまなすにあった木材会社と、中央レンバイが火元とされ仲通りの一部が廃墟と化した稚内大火が強烈に脳裏に焼きついている。
 火災現場に行く際は粗末な捨ててしまってもいい服装でなければならない。臭いで衣服が着られなくなるからである。
 火災があっても建物だけならいいが、人の命を奪われる時があり、稚内ではこの数年、そのような火災が起きていないのが幸いといえば幸いか。
 火災が減っているのは建物の耐火構造化や防火意識の浸透など色々あろうが、これまで原因のトップ3には入っていたであろう煙草の不始末が減ったこともあろう。何故かというと煙草を吸う人が減っていることも見逃せない事実である。
 何かの理由を分析する時は複層的に見なければならず、例えば人口流出なども単純に職を求めて、確かな医療を受けるためなどと論ずるのは夫々一因ではあるが、過疎化進展の真の理由からは外れている。
 要は稚内に住んでいて生活が良くなり幸福を享受できるかということである。幸せが感じられないマチに住んで何の得があろう。そりゃ住み慣れた故郷は掛け替えのないもので、そういう思いに固執する人もいるだろうが万人ではない。
 それだけに市政の舵取りは難しい訳であり、次の市長さんには「全国一幸せなマチ稚内」を作るよう頑張ってほしいものだ。