月~土曜まで休みなしも年とともに辛いが、一昨日(8日)日曜で休みだったのに明日11日はまた休みになる。働き尽くめは良くはないが、間を置かず休みがあるというのも楽なようできつい。まして公務員のように週休2日制、そしてハッピーマンデーなる3連休が続くと、休みボケしてしまいそうで、それはそれで難儀である。
 世の中、万人が等しく平等な政策などある筈はなく、人間を長くやっていると、その不公平をまんじりと受け止め生活するのだが、経験が少ない子供にとって到底、不公平など受け入れることなどできず、物の取り合いや言い争いするなどで喧嘩する。孫たちを見ているとよく分かる。
 子供から大人に成長し夫々家庭を持ったり社会的地位を築いていくにつれ忍耐が大事なこと、他人を認めることの大切さを理解してくる。知恵を働かせ他人を認めるよう努める。そこで金科玉条のような格言にも近い「協調性」が登場するわけである。
 小学・中学では協調性即ちチームワークを重んじるべきとの教育がなされ、他人と協調することが下手な子供には人間としても低い評価をする傾向がある。
 人間は他人と比較する動物であり、そのためもあり競いごとは好きだし、世界各国では今だに戦火が絶えない。その中で協調性は大事なことだろうが、人間の価値を判断する絶対的なものではない。
 協調性なく、唯我独尊の人ほど功成り名遂んだ人は多い。昨年のノーベル賞の中村修二さんは典型的な例であろう。
 自分を殺し他との協調を保つというのは容易なことではない。しかし協調性あるからといってなんぼのものであろう。 
 夫々の個性を伸ばしてやる方が子供たちへの教育では大事なことであるが、何せ教える側の親や学校の先生らは協調性こそ一番と考える人が余りに多くないか。
 休みを前にしてふと思った。