毛利家が治めた長州藩今の山口県萩市に生まれた吉田松陰は、明治新政府の誕生を見ることなく1859年に30歳という若さで早世した。
 萩市では今でも「世界で一番尊敬できる人」と慕われており、学校や医者など〝先生〟と呼ばれる人は数多いるが、萩市民の先生は松陰先生ただ一人であるというほど畏敬の念をもって敬われている傑人である。
 その松陰を陰に陽に支えた妹文を主人公にしたNHKテレビの大河ドラマが始まり、前作の「軍師官兵衛」同様、楽しみにしている。
 毛利家というのは関ケ原の戦いの前から天下を狙える大国でありながら代々の「天下は狙うな」「三本の矢ならば強力で協力し合うこと」など家訓とし江戸時代を生き抜き、その250余年の溜りに溜まったエネルギーを徳川幕府倒幕、新政府樹立に注ぎ込んだのであり、その立て役者が松陰であり、のちの総理大臣となった伊藤博文、奇兵隊を創設した高杉晋作ら長州藩士であった。
 伊藤は暗殺されるまで68歳の人生だったが、松陰、高杉は30歳にならないうちに亡くなっており、正に激動の明治維新前夜を駆け抜けた人たちであった。
 この人たちが150年の年月が過ぎようとも語られ、今回のようにテレビになるというのは正に「心を公けに」という松陰主宰の松下村塾(しょうかそんじゅく)の教えによるものであり、筆者などは爪の垢を煎じて飲まなければ―と今さらながら期するものである。
 日本史の節目々々に登場する人物はのちの脚色もあるだろうが、実に興味深い人が多く、その中でも明治維新の際は西郷隆盛、大久保利通、そして坂本竜馬などなど、きら星の如く人材が豊富であり、その生きざまに魅せられる人物が多い。
 稚内にだって西岡、浜森元市長、瀬戸、井須元商工会議所会頭ら立派な人がおり、一般市民と手を携え繁栄をもたらしてくれた人たちだった。これからは誰になるのか。