中央小が開校50周年を迎えるという慶事の他方、110年以上もの歴史がある西小中が3月末をもって閉校する。陰と陽があるのは世の常とはいいながら西小中学校の閉校には若い時分よく取材に行った経験もあるだけに淋しさが募る。
 陽の方の中央小では暫し忘却していたが筆者はOBでそれこそ50年前の第1期卒業生である。5年生まで北小学校で勉学する中、都会的な雰囲気を有する稚内小学校の子供たちとは劣等感もあったのか馴染めず、とはいってもお嬢さん風の女子に心惹かれる自分がいたことを思い出す。
 担任は佐藤先生(男性で名前は忘却)といい嫌いな先生ではなかったものの、可愛い女子を贔屓にしていた節が見られ、その頃から大人は平等ではないんだという感情が育まれた。
 いずれにしても近代的な校舎(前の校舎)での1年間は中学生という思春期を迎える前の、微笑ましい時期として自分史の中でも際立つ。その中央小が50年経つとは。老けるわけである。
 この50年間を振り返ると光陰矢の如し正にあっという間であった。苦節の時はあったが、天運もあり誰かが助けてくれ今日に至っている。とても自分一人の力で生きてこれたわけでなく、父母や弟妹、親類、友人らこれまで関わってきた人々すべてに感謝申し上げるところです。
 今は偉そうにしているが、妻や会社の人たち、取材先の人たちなど色々な人たちのお陰であり、わがままな自分を支えてくれることには言葉もありません。
 大きな会社と違い従業員10人ばかりの零細会社である稚内プレス社は風が吹けばよろめき、波が来れば防ぐ手立てもないほどの存在だが、山椒は小粒でもぴりりと辛いの気概を持ち市井に暮らす人達を支援するような紙面にしなければ―と思っており、読者の皆さんの支えは不可欠であり御愛顧お願いするものです。
 今年も「ぴりり」を伝えていく所存です。