今年のノーベル物理学賞に輝いた3氏のうち中村修二さん(60)を見ていて思うのは、人は組織で左右されるものでなく優秀な人は努力さえ怠らずにいるとそのうち実を結ぶということである。
 彼は徳島大学を出て徳島市内の会社に就職し研究に勤しみ、LED実用化への研究もひょんなことから始め、実用化にメドがついた際の報奨金が少ないとして会社を提訴するという科学者にあるまじき一種独特の人生を送ってきた。
 子供の頃から親に「勉強しなければ良い学校に入れないし良い会社に入れませんよ」などと言われ高度成長期を過ごした世代の人たちは小さい頃から競争の世界でしのぎを削り、その成果として良い学校に入学し安定した職業に就き一流企業に就職した当初は若さゆえの無知から人生の勝者になったよう錯覚するが、人生は長く、その喜びが一過性であることに気付いてくる。
 更には大きな組織は安定しているが、己はその中の歯車の一つでしかないことを悟るようになり煩悶するも、世間的に評価される立場に安住しそのうち定年を迎える。
 それとは反対に学校もだが大したところに就職できなかった人たちは劣等感もあるのだろうか、「今に見ていろ」と頑張り、その組織で歯車でなく自分が主役との思いを募らせ粉骨砕身する。
 どちらがいい人生なのか分からねど、いいも悪いもないのが人生であり、そういう意味では悲観主義でなく楽観主義を有する人間が世間一般で言う成功者になるやも。
 話を中村さんに戻し、彼と筆者は同年輩であり同じような社会や世相を横目に見て互いに60年を送ってきた。中村さん同様、順風満帆な人生ではなかった。彼もだろうがただ諦めずに前向きにやってきたことだけは間違いない事実である。
 先日、市の退職者が「これまで市民にお世話になったのだから返さなくては」と言っていた。
 人の生き方は多種多様である。