先週、交誼というより色々と指導して頂いた2人の方が亡くなり通夜の営みに参列した。多くの弔問客があり故人の遺徳を偲んでいた。
 渡邊郁夫さん(享年84歳)と篠崎繁雄さん(99)のお二人である。
 稚内商工会議所専務理事や市議会議員を5期務めた渡邊さんは元々、稚内にあった米軍キャンプの通訳をしており、筆者が今から50年ほど前の小学高学年の頃、社会見学でキャンプを訪れた際、キャンプ幹部に質問する際に通訳してもらったという縁があった。渡邊さんは記憶の欠片にもなかったろうが、稚内に戻り取材活動する中、格好良かった渡邊さんの事を思い出しては接していた。
 敦賀市長2期目の市長選に出馬した選挙活動中には自分の人生が懸かっているのに筆者に対し「君たちが稚内の将来を担っているのだから頑張らなくては」と、逆に激励されたのを覚えており、それほど親しくお付き合いさせてもらったわけではないが、折に触れてアドバイスを受けた大先輩ではあった。
 篠崎先生は小中学校の教員時代は知らないし縁もなかったのだが、鈴蘭幼稚園の園長先生をやっていた頃には取材含め公私ともお世話になり、毎年頂く年賀状には40歳も年下の筆者なのに常に持ち上げて頂き、この仕事を続けていく上でどれほどの励みになったことであろうか。
 仕事から身を退かれ自宅に居るというので尋ねた事があり、小社への執筆を依頼した際も嫌な顔せず「年を取り書けなくなったのであなたが聞き取りする分にはいいですよ」との遣り取りがあった。実現されなかったとはいえ、他人のために協力できることがあれば―という先生には感謝するばかりです。
 最近は冠婚葬祭の下字句への参列が多く、このようにお世話になった人との別れは寂しさもひとしおである。
 人の世で別れは避けることができないが、現実に起きると寂しい限りである。合掌。