50年1度の大雨 礼文で死者 稚内市内では床上浸水、住民避難も

中央3量徳寺裏稚中へ避難川の氾濫恵比須2山崩れ

 24日朝方からの大雨で稚内、利礼両島を中心に宗谷管内北部は土砂崩れや河川が氾濫し、礼文島では土砂崩れで民家が押し潰され、80代と50代の母娘が亡くなるという悲惨なこともあった。
 稚内でも恵比須~中央までの裏山で数カ所土砂崩れがあり住民は避難を余儀なくされた。
 冠水した道路も多く道道15路線の一部が通行止め、JRは午後から運休し、フェリーも全便欠航するなど、天変地異の大雨になす術ない人間社会の脆弱さを露呈したといえよう。
 幸い広島県のように死者が数十人も出るという大惨事には至らなかったものの、道路、河川、山などの整備の問題点も浮上した今回の大雨は、災害が少ないだけに「災害に弱い」宗谷地方、とりわけ稚内など北宗谷に課題を突きつけた。

 発達した低気圧の影響で、24日の稚内地方は断続的に強い雨が降り「50年に1度」の大雨となった。市内では土砂崩れや床上浸水などがあり、32世帯47人に避難勧告が出され住民が避難した。
 稚内地方気象台によると、降り始めから24日午後4時までの24時間の雨量は稚内で173㍉と観測史上最多を記録し8月1カ月分の1・5倍の雨量になった。宗谷岬125㍉、声問135㍉、礼文181㍉など。
 24日午前6時過ぎに大雨警報が発表されたあと、1時間で30㍉近いどしゃ降りとなり、中央2の量徳寺裏山では斜面が幅10㍍、長さ30㍍に亘って崩れ、近くに住む3世帯6人が親戚の家や文化センターに避難した。一夜を文化センターで過ごした土門統二郎さん(63)は「量徳寺近くに住んで25年になるが、こんなことは初めて。朝起きたら家の周りが水浸しになっており広島のこともあり避難して来ました」と話していた。
 稚中裏の斜面は午前8時前に幅11㍍、高さ8㍍に亘って土砂が崩れ宝来5の5世帯9人に避難勧告。恵比須2の裏山も午後1時半過ぎに幅20㍍、長さ100㍍に亘り土砂崩れが発生し24世帯32人に避難勧告が出された。
 25日早朝には宝来5と恵比須2の避難勧告は解除され、中央2、3での避難勧告は継続されている。
 この大雨で市内河川も氾濫。緑1を流れるクサンル川は24日早朝から増水し付近の道路が冠水。市は地域住民に自主避難を呼びかけた。
 恵比須2の青少年会館横を流れるシュルコマナイ川には土砂が流れ込み、普段深さが1㍍ほどの川がほとんど土砂で埋まり、周辺の道路や住宅の庭にも泥水があふれ、24日に続いて25日も業者が重機で道路などの土砂を撤去していた。
 大黒1と緑5の間を流れるチララウスナイ川でも増水し道路が冠水。消防などがポンプで水を取り除く作業をしていた。
 大雨の影響で24日予定されていた2日目の食マルシェ、WAKKANAIみなとコンサートが中止された。
 JRは25日札幌と稚内を結ぶ特急列車は稚内と名寄の間で部分運休した。

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